本文へスキップ

Fujiidera International Friendship Association

2011年5月の記事ARTICLE



ニュージーランド治安判事 神谷岱劭 氏からのレポート(2011年5月19日掲載)



■クライストチャーチ大地震/東北地方大地震・大津波、原発事故
(日本人固有の精神を発揮して!)

2月22日にクラストチャーチは未曽有の大地震に見舞われ、街の象徴である大聖堂が倒壊するなど市街地は壊滅的に破壊され、沢山の方々が犠牲となるなど甚大な被害を被りました。それから、ひと月余りを過ぎた今もって家は無く、まだまだ平常な生活環境も整わない不自由な暮らしを余儀なくされている方々も大勢います。大変悲惨なことで世界中の人々から哀悼と同情の念が寄せられています。
クライストチャーチが漸くその後片付けに取り掛かろうとしていた矢先の3月11日の夕刻、日本の東北地方が大地震と大津波に襲われたとテレビの臨時ニュースが流れてきました。映像は激しい揺れに続いて、大河と化した海がどす黒い激流となって陸をめがけて流れ込み、その先端は丸で魔物の舌の様に右や左に伸びながら次々と人も家も自動車も船も、いや、町そのものを一気に飲み込んで突き進んで行く様でありました。「クライストチャーチに続いて、何故日本までも・・」と、この世のものとは思えない映像に激しい衝撃を受け家族のみんなが涙をし、そして今も留めようもなく。

3月18日、ニュー・ジーランド政府はこの日をクライストチャーチ大地震で亡くなられた方々に対する「服喪日」に定めて、クライストチャーチにおいて慰霊祭を執り行いました。
この慰霊祭には英国からウイリアム王子をはじめ、キーNZ首相、ギラード豪州首相、我が国からは三田村大使がご臨席になられ、何千人もの人々が静寂な中に参列しました。
この慰霊祭の席において、クライストチャーチ大地震で犠牲になった方々に対して弔詞を述べられた皆様方が挙って東北地方大震災で亡くなられた方々と日本国民に対しても哀悼の意を表して下さいました。そればかりではなく、自分達も大被害を被ったにも拘らず、NZ政府民族関係事務所(庁)長官やクライストチャーチに所在する各民族団体代表者、そして、沢山のニュー・ジーランドの友人、知人や知らない方々までもが日本の犠牲者と日本国民と在留邦人へとお悔やみの言葉を頂きました。
また、最近はチェーン・メールで「日本の皆様のために祈る言葉」が流されていますので、この会報を読まれる皆様方もきっと沢山の方々から私と同じ言葉を聞き、慰めを頂いたことと思います。
たとえ国は違い、言葉が違っていても人の心の温かさを改めて痛感し感激しています。

他方、東北地方の震災に原発事故が追い打ちをかけている日本の惨状の様子が世界中に知れ渡るに従って、東北地方の被災者方々ばかりではなく、この国難と謂える事態に面した日本国民がとっている行動が世界の人々から驚きの目で見られ、高く評価されていることが報道されてきました。
その中から「mns産経新聞」などに掲載された記事(概略)の一部を次に紹介致しますと;−
1. お隣の韓国の李明博大統領は、災難に対処する日本国民の意識の高さとメディアの冷静な報道ぶりは韓国にも教訓になる、と被災者が秩序を保ち助け合っていることなどを称賛し、原発事故に対しては命の危険がある現場に進んで駆けつける人々がいることを強調した。
2. 「新京報(電子版)」は「避難民は暗黒の中で秩序正しく並んで救済物資を受け取る。」と日本人が見せる秩序と冷静さを高く評価している。
3. 在日ベトナムのメディアも「怒鳴り合いも喧嘩も無い。本当に強い国だけがこうした対応が出来る。」と驚きと称賛する声を伝えた。
4. フィヨン仏首相は在仏邦人を前にして「あなた達は益々尊厳の念と冷静さでしっかり立っている。」と称賛した。
5. アメリカン・エンタープライズ・インステイチュートのオースリン日本研究部長は「日本国民がこの歴史的な災禍に冷静さを保って対応したことは、米国内ではイデオロギー面で全く異なるリベラル派のニューヨーク・タイムズ紙から保守派のFOXテレビの評論家まで一様に感嘆させた。」と述べ、「日本人がこうした状況下で米国でのように略奪や暴動を起こさず、相互に助け合うことは全世界でも少ない独特の国民性であり、社会の強固さだ。」と強調した。
6. 日本文化、社会の専門家であるジョージタウン大学のドーク教授は「日本国民が自制や自己犠牲の精神で震災に対応した様子は広い意味での日本の文化を痛感させた。日本の文化や伝統も米軍の占領政策などによりかなり変えられたのではないかと思いがちだったが、文化の核の部分は決して変わらないのだと今回思わされた。」と述べた。
この様に日本人の行動が世界中の人々から注目され、高く評価されている中で、私は特に上述の第6番目に紹介しましたドーク教授の「日本の文化の核の部分は決して変わらないのだ。」と謂う見解に注目し、拙劣ながら日本人固有の精神について私の思うところを次に述べたいと思います。

私は以前、日本人会の会報のニックネームを付ける際に「やまと」が良いと思って応募しましたが、その時、「そんな題にしたら破り捨てられる。」とか「そんな看板が掲げられたら外国では石を投げられる。」等と謂うような声に象徴されたように誰からも賛成が得られませんでした。
私が「やまと」が良いと思った理由は、「やまと」と謂う語は、「大和歌(=和歌)」、「大和絵」、「大和撫子(=日本女性の美称)」,「大和魂(=日本人固有の精神)」、「大和民族(=日本国民)」更に、元明天皇(時代708−714年)が国名を「大和」に定めたとあるとおり、これが「日本固有の文化と固有の精神の基をなす語」であると思ったからでした。
他方、数学者であり、「国家の品格」を書かれた藤原正彦氏はその著書「この国のけじめ」の中で、新渡戸稲造が西洋人に「日本人の魂」を理解させたいとして明治32(1899)年に英語で紹介した「武士道」について次のように書いています。「義(人の路)、勇(義を実行すること)、仁(人の心=慈悲、愛情、惻隠の情、強きを挫き弱きを助けるなど)」といった武士道の柱となる価値観が親から子へ伝えられた、と紹介したあと、「武士道精神の継承に適切な家庭教育は欠かせないが、
・・戦後は日本の宝物と言うべき武士道的価値観が全く教えられなくなったのは不幸なことであり、戦後の教育しか受けていない世代が親となり先生となっているから、今では子供にこれを教えることも叶わない。」と日本固有(伝統的な)の文化と精神が失われてしまうことを憂いています。
私は、日本人が外国人とは違ったこの様な日本人固有(伝統的な)の価値観を失った要因は、藤原氏が述べるように、戦後は日本人が伝統的に持ち続けてきたこのような価値観を壊すための教育が行われてきているために、それによって国民の多くがその様な価値観を「悪」と考えるようになってしまっているためではないかと思います。
更に、前世紀の末頃に至って地球は一段と小さくなり、@何処の国へも非常に短時間で行けるようになった。(私が初めて船で日本からNZへ来た当時は直行で19日もかかった航海がありましたが、今は飛行機で僅かに10時間余りです。)A何処の国でも異民族が混住する時代となって、外国人慣れしてきた。これに加えて、B日常は外国文化が日本化し、日本文化も素早く国際化されてしまうように、表面上は誰もみんなが同じ文化を共有するようになった。この様なことによって日本人の多くが外国人も日本人と同じ様な考えや感情を持っているのだと謂うふうな思を抱くようになっているのではないかと思われるのです。然しながら、実際に外国人に対した時、自分の思っていたような気持ちが伝わっていなかったり、「ああ、そんなはずではなかった。」と思うことなども経験された方もいることでしょう。
今、日本が東北大地震・大津波や原発事故の大災難に直面し、日本国民がとった行動や精神状態を見た外国の方々もまた日本人は自分達とはどこかが違っているのだと気付いたことが上述したようなニュースとなって報道されている訳です。この様な違いこそが、夫々の国々にあってその国々の国民が有する固有(伝統的な)の文化であり、固有の精神であると謂えるものではないでしょうか。

私は、日本国民が既に無くしてしまったのではないかと思うような「武士道の価値観」や「大和魂」がこの国難を機に蘇り、祖国の危機に立ち向かっていることを大変誇りに思っています。  また、日本国民の一人ひとりがこの「日本固有(伝統的な)の文化と精神」を再認識し、これを将来へ継承して行くならば東北地方も祖国も、そして、私たちが住むクライストチャーチも必ずや復興すると信じてやみません。


■クライストチャーチ震災からの復興

一昨日、14日(土)に地震後初めて、復興に関わる公聴会が行われましたので行ってきました。
公聴会が始まる前に市長、地震対策担当大臣(クライストチャーチ市選出の国民党のNo.2),市選出の国会議員、市議の方々にも会いましたが、皆さんから「日本は大変ですね。大丈夫ですか。」と言うお悔みと、お見舞いの言葉を頂きました。 先週行われた「移民・難民の老人保健問題会議」では、関係団体の役員をされているご婦人(NZ人)からお悔みの言葉を頂いたので、最近の東北のニュースをお話している間に、彼女が涙をこぼし始めました。クライストチャーチの市民は自分たちが被災者でありながら日本と日本国民を心配してくれています。

先週木曜日にメディアを制限して危険区域へ入れました。(3月以降2回目)14階建てのHotel Grand Chancellorは倒壊しなかったものの取り壊さなければならないそうです。高いし、狭いところですから取り壊しの方法が難しそうです。前回の発表では180余りの建物を取り壊すと言っていましたが、昨日の公聴会で、市当局は900棟を壊す必要があると述べました。先ずは、クライストチャーチの土地が軟弱(柔らかい土、粗い砂、小砂)層の上にビルや建物を建てていたが、これから同じところへ街造りをするならば、強固な土台から造り直さなければならないと専門家が述べていました。エーボン川沿いで被害が大きかった宅地も大分変わるでしょう。 エーボンサイド女学校から下流の方は広い範囲にわたり川底が隆起し、堤が沈下するなどしたため大雨で川が溢れて浸水するようになり、応急的に川堤のかさ上げ工事をしています。今後は、川に面した家から3軒どおりは家を取り払う計画も上がっているとのことです。

私はもう第1戦は引退しましたので、今は治安判事をはじめ日本人会やコミュニテイーのためにボランテイアーをしています。在留邦人の多くがビジネスをしていた市街地が崩壊しましたので、邦人オーナーが経営していた、或いは働いていたところが殆どダメになりました。例えば、和食レストラン、旅行代理店、留学生やワーキング・ホリデー・メーカー、長期滞在者の受け入れ代理店、お土産屋さん、ホテル(Crown Plazaは改修に5−6か月くらいを要する見こみだそうです。)和食食材店、美容院等。これによって在留邦人社会は相当にダメージを受けていると見られます。今、NZ政府民族関係庁の協力と支援を受けながら、早くこれらの方々が復興出来る対策を他の民族代表者ともども微力を尽くしているところです。

前回、インドのニュース週刊誌に載った日本人(被災地)の行動を取り上げましたが、正に、面映ゆい感が致します。然し、自衛隊員、消防隊員、警察官、原発事故の処理に志願して行った方々等などは日本の伝統(固有)の精神力を発揮していると思います。米国の日本研究者は日本人の底力を見抜いて評価しています。その点をまとめて、次回発行される当地の日本人会会報へ投稿したものを添付いたします。



にほん語教室のようす(2011年5月25日水曜日)

「藤井寺にほんご教室」は、この4月で11年目に入りました。開設当初は先生として参加するボランティアスタッフもその指導法や運営も手探り状態で、近隣の市で開かれている日本語教室の見学や各種講習に参加して来ました。

現在では専門的な日本語教育法を学んだ先生から資格はないけれど意欲的に指導に取り組んでいる先生など十数名と多いときには20名を超す生徒が、毎週水曜日(第1週〜第4週、祝日を除く)午後7時から1時間半程度、藤井寺市民総合会館3階で日本語を勉強しています。

一般の日本語学校とは違って、参加する生徒の年齢も小学生から60才を超す方まで年齢も国籍も生活歴も違う上にニーズも異なった生徒が通っています。昼間は工場や会社で働き夜教室に集まる生徒の中には、時には参加したくても夜勤等によって参加できない場合や遠くから自転車で通ってくる生徒には雨や風の激しい日には参加できない生徒も居ますが、出席カードのスタンプの数を励みに、日本語の上達の成果や集まる人達とのコミュニケーションを求めて集まってきます。

我々スタッフも一人一人のニーズを尊重し、それに沿った指導法を取るようにしています。日本語の検定試験を受験する生徒には標準的な日本語の用法や読解力、家庭の主婦には日常的な会話を中心に指導していますが、同時に我々スタッフの研鑽の場ともなっています。

また、年に2回のパーティーでは、ゲームやお国自慢の音楽や踊りを披露し、手作り、持ち寄りの世界の料理が会を盛り上げています。夏には道明寺天満宮での夏祭りの夜店を見て歩き、盆踊りに参加して日本の文化を肌で感じるようにしています。

語学の勉強はもとより、外国人と日本人のコミュニケーションを重視し、毎回和気藹々の雰囲気で笑い声の響く教室、これが「藤井寺にほんご教室」と言えるかも知れません。
■本日参加されていた日本人と外国人、外国人と日本人







藤井寺市国際交流協会

〒583-8583
藤井寺市岡1-1-1
藤井寺市役所地域振興課内
藤井寺市国際交流協会事務局

TEL 072-939-1050

icon 藤井寺市公式ホームページ

icon 藤井寺市からの最新情報(10件)

SEO対策 e-search

●当サイトへのリンクは連絡不要です

●本ホームページをブラウザの
 お気に入りに登録するボタン

 

●Twitterの「ツイートボタン」
 
inserted by FC2 system